歴史編

3名鉄協商に社名変更
第二の創業で総合商社をめざす
社名変更時の会社謄本

創立から5年目の1976年。ニッポンレンタカー中部(株)(以下NRC)では事業の多角化で営業のウェイトが大きく変わっていったが、その「何でも屋」的な企業体質を調整して営業基盤の拡大強化と健全経営を図るため、レンタカー部門を分離しレンタカー専業の新会社を設立。レンタカー事業を新会社に営業譲渡した。独立した新会社の社名はそのままNRC―ニッポンレンタカー中部(株)を引き継いだ。

一方、旧NRCでは同年8月31日に臨時株主総会を開催し、商号を名鉄協商(株)に変更するとともに、名古屋鉄道の全額投資会社(資本金3,000万円)となった。 代表取締役社長には旧NRCに引き続き梶井健一が就任。本社は現在の中村区名駅南二丁目14番19号住友生命名古屋ビル5階に置いた。

商事部門、カーリース部門、駐車場営業部門を3本の柱とし、とりわけ商事部門のウェイトを高くして総合商社へと成長を目指す、第二の創業ともいえる名鉄協商の誕生である。

社名変更と同年にオートレストランの営業を開始
「オートスナック長島」営業開始(1976年7月)
「ウーホー一宮店」営業開始(1976年10月)